●相続放棄が認められた裁判例 最高裁 昭和59年4月27日判決(判例タイムズ528号81頁、判例時報1116号29頁 ) 熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知った時から起算すべきものであるが、相続人において相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、このように信ずるについて相当な理由がある場合には、民法915条1項所定の期間は、相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識うべかりし時から起算するのが相当である。 大阪高裁 昭和61年6月16日決定(家庭裁判月報38巻11号106頁、判例時報1214号73頁) 家庭裁判所の相続放棄の申述受理は、本来その非訟事件たる性質及びその審判手続の審理の限界などに照らし、被相続人の死亡時から3か月の期間経過後の相続放棄の申述であっても、その期間内に相続放棄をしなかったのは、相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、このように信ずるにつき相当な理由を認めるべき特段の事情の主張があり、しかも、それが相当と認めうる余地のあるものについては、その実体的事実の有無の判定を訴訟手続に委ね、当該申述が真意に出たものであることを確認した上、原則として、申述を受理すべきものである。 広島高裁 昭和63年10月28日決定(家庭裁判月報41巻6号55頁) 被相続人の死亡の事実及び自己が法律上相続人になった事実を知ったときから3か月の熟慮期間経過後にされた相続放棄申述受理申立てを却下した審判に対する即時抗告審において、申述人らは被相続人と別居後その死亡に至るまで被相続人との間に全く交渉がなかったこと及び被相続人の資産や負債については全く知らされていなかったこと等によれば、申述人らが、被相続人の死亡の事実及びこれにより自己が相続人となつたことを知った後、債権者からの通知により債務の存在を知るまでの間、これを認識することが著しく困難であって、相続財産が全く存在しないと信ずるについて相当な理由があると認められる。 仙台高裁 平成7年4月26日決定(家庭裁判月報48巻3号58頁) 相続放棄の申述は、被相続人の死亡後1年9か月余りを経過した後のものであることは明らかである。 しかしながら、上記事実によれば、抗告人らは、被相続人の生前から、被相続人名義の不動産の一切を長男一基が取得することで合意していたものであって、被相続人の死亡後も、当然にその合意のとおり長男一基に権利が移転するものと考え、自らが取得することとなる相続財産は存在しないものと考えていたことが窺えるのであって、「相続分不存在証明書」はその手続のために用いられたに過ぎないものというべきであるから、抗告人らにおいては、被相続人の死亡により、被相続人名義であった不動産が相続の対象となる遺産であるとの認識はなかったもの、即ち、被相続人の積極財産及び消極財産について相続の開始があったことを知らなかったものと認めるのが相当である。 そうすると、抗告人らは、大山信用金庫を原告とする上記事件の訴状の送達により、相続人として、相続の対象となる被相続人の債務の存在を初めて認識するに至ったものであるから、同訴状の送達の時をもって「自己のために相続があったことを知った時」と解するのが相当であり、抗告人らの相続を放棄するか否かの熟慮期間は、同訴状の送達を受けた日から進行するものというべきである。 大阪高裁 平成10年2月9日決定(家庭裁判月報50巻6号89頁、判例タイムズ985号257頁) 民法915条1項所定の熟慮期間については、相続人が相続の開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上の相続人となった事実を知った場合であっても、三か月以内に相続放棄をしなかったことが、相続人において、相続債務が存在しないか、あるいは相続放棄の手続をとる必要をみない程度の少額にすぎないものと誤信したためであり、かつそのように信じるにつき相当な理由があるときは、相続債務のほぼ全容を認識したとき、または通常これを認識しうべきときから起算すべきものと解するのが相当である。 相続人が相続債務の存在を認識しておれば、当初から相続放棄の手続を採っていたものと考えられ、相続放棄の手続を採らなかったのは、相続債務の不存在を誤信していたためであり、前記のとおり被相続人と相続人らの生活状況、他の共同相続人との協議内容によっては、本件遺産分割協議が要素の錯誤により無効となり、ひいては法定単純承認の効果も発生しないと見る余地がある。 名古屋高裁 平成11年3月31日決定(判例タイムズ臨時増刊1036号190頁) 相続人が被相続人の死亡時に、被相続人名義の遺産の存在を認識していたとしても、たとえば右遺産は他の相続人が相続する等のため、自己が相続取得すべき遺産がないと信じ、かつそのように信じたとしても無理からぬ事情がある場合には、当該相続人において、被相続人名義であった遺産が相続の対象となる遺産であるとの認識がなかったもの、即ち、被相続人の積極財産及び消極財産について自己のために相続の開始があったことを知らなかったものと解するのが相当である。 東京高裁 平成12年12月7日決定(判例タイムズ1051号302頁) 抗告人は、自らは被相続人の積極及び消極の財産を全く承継することがないと信じ、かつ、このように信じたことについては相当な理由があったのであるから、抗告人において被相続人の相続開始後所定の熟慮期間内に単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択することはおよそ期待できなかったものであり、被相続人死亡の事実を知ったことによっては、未だ自己のために相続かあったことを知ったものとはいえないというべきである。 そうすると、抗告人が相続開始時において本件債務等の相続財産が存在することを知っていたとしても、抗告人のした本件申述をもって直ちに同熟慮期間を経過した不適法なものとすることは相当でないといわざるを得ない。なお、抗告人は、後に、相続財産の一部の物件について遺産分割協議 書を作成しているが、これは、本件遺言において当然に一郎へ相続させることとすべき不動産の表示が脱落していたため、本件遺言の趣旨に沿ってこれを一郎に相続させるためにしたものであり、抗告人において自らが相続し得ることを前提に、一郎に相続させる趣旨で遺産分割協議書の作成をしたものではないと認められるから、これを もって単純承認をしたものとみなすことは相当でない。 そして、抗告人は、平成12年6月17日に至って住宅金融公庫から催告書の送付を受けて初めて、本件債務を相続すべき立場にあることを知ったものであり、上記認定の経過に照らすと、それ以前にそのことを知らなかったことについては相当な理由があるものというべきてある。 東京高裁 平成19年8月10日決定(家庭裁判月報60巻1号102頁 ) 民法915条1項所定の期間は、相続人が消極財産の全部又は一部の存在を認識した時又はこれを認識し得べかりし時から起算するのが相当である。 これを本件についてみるに、抗告人は、平成17年12月17日の相続開始の時点で、被相続人には本件相続財産が存していることを知っていたが、本件相続財産にほとんど財産的価値がなく、一方被相続人に負債はないと信じていたものであり、かつ抗告人の年齢、被相続人と抗告人との交際状況等からみて、抗告人においてそのように信ずるについては相当な理由があり、抗告人が被相続人の相続 債務の存在を知ったのは、早くとも平成18年4月20日以降とみられるから、本件の場合、民法915条1項所定の期間は、同日から起算するのが相当である。 仙台高裁 平成19年12月18日 決定(家庭裁判月報60巻10号85頁) 相続人が未成年者の場合にあっては、財産管理能力のない 未成年者を保護する見地からして上記熟慮期間の起算日である相続人の認識については法定代理人の認識によって判断するのが相当である。 抗告人の法定代理人であるCは、被相続人の基金に対する保証委託債務 を連帯保証していたものであり、平成19年1月×日ころには基金から連帯保証債務の履行を求められているのであるから、そのころには被相続人が住宅ローンを完済しないまま死亡した事実を認識することができたとみる余地もないわけではない。 しかし、Cは、連帯保証債務の履行を求められても、基金に問い合わせなどもしないまま放置しており、本件通知を受け るに至って、初めて、抗告人の親権者として相続放棄の申述受理の申立てをしているところ、Cがこの時点で抗告人につき相続放棄の手続をしたのは、Cにおいて、被相続人と離婚した後は本件家屋はB家が実家として維持していくものと考えており、被 相続人の生前に本件家屋が競売によって売却されたことも知らなかったし、仮に住宅ローン債務が残っていたとしてもこれは住宅ローンを組んだ時点で被相続人が加入した団体生命保険によってすべて完済されていると考えていたためであったことが認められ、そうすると、Cは、抗告人の法定代理人として本件通知を受領したことにより、初めて抗告人が相続する被相続人の債務があることを認識するに至ったものと認めるのが相当である。 そして、Cは、定職に就かず酒を飲んではCに乱暴することなど が原因となって被相続人と離婚し、その際の離婚協議書の作成により、離婚後は子ども3名を含め、完全にB家とは切り離されたものと考え、被相続人を含むB家の人間と接触せず、住宅ローン債務はB家で処理することになっていたことなどを勘案する と、本件通知を受領するまで抗告人が承継する被相続人の債務があることなどについて十分な調査をしなかったことにはやむを 得ない事情があったものというべきである。 以上検討したところによれば、抗告人の法定代理人であるCが、平成19年6月×日ころ基金から本件通知を受けるまで は被相続人には何ら相続財産がないと考えていたことについては相当な理由があったものというべきであり、したがって、本件通知の受領から3か月以内にされた本件相続放棄の申述は受理するのが相当というベきである。 高松高裁 平成20年3月5日決定(家庭裁判月報60巻10号91頁) Dは、被相続人死亡後間もない時期に本件農協〇〇支所を訪れて被相続人の本件農協に対する債務の存在を尋ね、同債務は存在しない旨の回答を得、そこで、抗告人らは本件農協における被相続人名義の普通預金の解約や出資証券の払戻しの手続きを執るなどしたものであるが、それは、抗告人らにおいて同債務が存在しないものと信じたことによるものであり、それゆえに、抗告人らは被相続人死亡時から3か月以内に限定承認又は放棄の申述受理の申立てをすることもなかったものと認められる。 こうした事情に照らせば、抗告人らは本来の熟慮期間内に被相続人の本件農協に対する債務の有無及び内容につき調査を尽くしたにもかかわらず、本件農協の誤った回答により同債務が存在しないと信じたものであって、後に本件農協から通知により判明した被相続人の本件農協に対する保証債務の額が残元金7500万円余という巨額なものであることからすれば、上記のような抗告人らの被相続人の遺産の構成に関する錯誤は要素の錯誤に当たるというべきである。 そうすると、抗告人は、錯誤を理由として上記財産処分及び熟慮期間経過による法定単純承認の効果を否定して改めて相続放棄の申述受理の申立てをすることができるというべきであって、抗告人が平成19年9月×日ころに本件農協からの通知を受けていて被相続人の債務の存在を知った時から起算して3か月の熟慮期間内にされた本件の相続放棄の申述受理の申立ては適法なものとしてこれを受理するのだ相当である。 東京高裁 平成22年8月10日決定(家庭裁判月報第63巻第4号) 相続放棄をすることができる期間の始期を定める民法915条の「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、「相続人が相続開始の原因たる事実の発生を知り、かつ、そのために自己が相続人となったこと及び相続財産の一部又は全部の存在を認識し若しくは認識し得べき状態になった時」と解するのが相当である。 もっとも、相続放棄の申述がされた場合、相続放棄の要件の有無につき入念な審理をすることが予定されておらず、受理がされても相続放棄が実体要件を備えていることが確定されるものではないのに対し、却下されると相続放棄が民法938条の要件を欠き、相続放棄したことを主張できなくなることにかんがみれば、家庭裁判所は、却下すべきことが明らかな場合以外は、相続放棄の申述を受理すべきであると解される。 最高裁 令和元年8月9日判決 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいう。 ●相続放棄が認められなかった裁判例 東京高裁 昭和63年1月25日決定(東京高等裁判所判決時報民事39巻1~4号1頁) 抗告人は、卯平の死後その相続すべき積極財産については他の共同相続人と連絡をとるなどしてその有無、状況並びに抗告人において相続できるものであるかどうかを容易に調査することができたものといえるが、消極財産については卯平の本件保証債務は第三者間の求償金債務についてのものであり、かつ抗告人は卯平からその生前右債務の存在を知らされていなかったこと、同人と抗告人は平素疎遠な状態にあったことなど諸般の事情からみて、昭和60年2月下旬栃木県信用保証協会の係員から卯平に対する本件保証債務の存在について説明を受けるまで、あるいは同年4月6日本件訴状副本の送達を受けるまではその存在を調査しこれを認識することが著しく困難であって、抗告人において消極財産(相続債務)が存在しないと信ずるについて相当な理由があったと認められるから、民法915条1項本文に規定する3か月の熟慮期間は、遅くとも抗告人が本件訴状副本の送達により本件保証債務の存在を認識しうべかりし時であった昭和60年4月6日から起算すべきものと解 するのが相当である。しかしながら、抗告人の本件相続放棄の申述は、右熟慮期間を徒過した後の昭和61年5月13日になされたものであるから不適法であり却下を免れないといわなければならない。 高松高裁 平成13年1月10日決定(家庭裁判月報54巻4号66頁) 民法915条1項所定の熟慮期間について、被相続人に高額の相続債務が存在することを知った日から起算すべきである旨の抗告人の主張に対し、遅くとも相続人が相続すべき積極及び消極財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきであるとした上、抗告人は、被相続人の死亡をその当日に知り、それ以前に被相続人の相続財産として、宅地約68.83平方メートル、建物約56.30平方メートル、預金15万円があることを知っていたといえるから、抗告人は被相続人の死亡の日にその相続財産の一部の存在を認識したものといえるとして、この認識の時期から熟慮期間を起算し、同期間経過後になされた本件相続放棄の申述は不適法である。 大阪高裁 平成13年10月11日決定(家庭裁判月報54巻7号54頁、判例時報1770号106頁) 被相続人Aが死去後その債権者BからAの相続人Xらに対し、Aの債務につき内容証明郵便にて貸金返還請求を受けていたところ、Xらが請求を受けてから3か月以上経過してから相続放棄の申述受理の申立てをして、被相続人Aが分籍していたので、相続は発生しないと確信していたとの主張に対し、Bからの通知書には「法定相続人の貴方様に上記債務をお知らせする次第です。」と明記されていたことから、自分たちが被相続人の法定相続人であることを知ったものと認めるのが相当である。 東京高裁 平成14年1月16日決定(家庭裁判月報55巻11号106頁) 民法915条1項所定の熟慮期間について、相続人が負債を含めた相続財産の全容を明確に認識できる状態になって初めて相続の開始を知ったといえるので、その時点から起算すべきである旨の抗告人らの主張に対し、相続人が相続すべき積極及び消極財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当であるとした上、遅くとも、抗告人らが相続財産の存在を認識して遺産分割協議をした日から熟慮期間を起算すべきであり、同期間経過後になされた本件相続放棄の申述は不適法である。 東京高判平成15年9月18日(判時1846号27頁) 被告の父に対して貸金債権を有し、それについて確定判決を有するAが、被告の父が死亡した後、同債権を原告に譲渡したケースにおいて、原告が被告に対し、貸金の支払いを求めた事例。被告は、突然、Aから、内容証明郵便で、Aが有していた貸金の残金および遅延損害金請求権を原告に譲渡したのでこれを原告に支払うよう求められ、その約9ヵ月後に相続放棄の申述が受理された。本件では、民法915条1項の熟慮期間の始期が争われた事案について、被告がそれまで全く交渉がなく、面識のないAおよび原告から、突然に内容証明郵便が配達されてきたものであり、かつ、それら内容証明郵便には、債権の存在を証明する資料が何も添付されていなかったことからすれば、被告において、貸金債務の存在を疑い、あるいは、消滅時効が完成することによって貸金債務が消滅すべきものであると考えたとしても不合理とはいえないから、右配達時から熟慮期間が進行するとはいえないと判示した。 |
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